稲垣貴彦(以下稲垣):三郎丸蒸留所では、2019年3月に日本初のクラフトハイボール缶を発売しました。今回はその開発をサポートしていただいた東洋製罐株式会社の方々と当時を振り返りながらお話したいと思います。
Nさん(以下N):はい。当社は飲料缶をはじめ、さまざまな容器を開発・製造する企業です。本日はハイボール缶開発当時の営業担当である私と現担当のY、また開発に携わらせていただいた当社テクニカルセンターのWの3名でうかがっています。
稲垣:このクラフトハイボール缶は、開発から発売までかなり短期間で行った印象があります。私が構想し始めたのは17年の年末でした。
Wさん(以下W):そうですね。弊社にご相談をいただき、テストパックを行ったのが18年7月、発売が翌年3月ですから1年あまりというところですね。
Yさん(以下Y):今でこそスモーキーなハイボール缶がいくつか販売されていますが、当時はありませんでしたよね。稲垣さんが開発をお考えになったのはどういった経緯だったのでしょうか。
稲垣:はい。当時ハイボール缶は大手メーカーの商品しかなく、スモーキーを打ち出したものは皆無でした。やはり多くの人に受け入れられることを優先すると個性的な商品は生まれにくい。一方で、私自身もスモーキーなウイスキーで作ったハイボールが好きで、そういうものを潜在的に望んでいる方は多いんじゃないかと思ったのがきっかけです。
稲垣:ハイボールの作り方はなかなか難しいもので、バーテンダーが作るハイボールと居酒屋のハイボールはまったく違います。もちろん従来の缶のハイボールもバーで飲むハイボールとは別物です。バーの本格ハイボールを、缶で手軽に多くの人に飲んでもらえたらという思いがありました。
Y:原酒のブレンドにもハイボール缶ならではの難しさがあるとお聞きしました。
稲垣:ええ。ボトルのウイスキーを使った作りたてのハイボールとあらかじめ割ってあるものでは、同じ原酒を使っていてもまったく違う味になってしまうんです。またハイボールの魅力は爽快な飲み口にあり、通常の原酒ではウイスキーの味わいが負けてしまいます。ですからかなりスペックの高いウイスキーを使って、ハイボール缶のためだけにブレンドを行いました。ハイボール缶でスモーキーな香りや個性ある味わいを出すための原酒構成には苦労しましたね。
W:缶に充填する炭酸ガスのボリュームにも、とてもこだわっていらっしゃいました。
稲垣:強炭酸になるだろうという思いはありましたが、飲んだときにどう感じるかを追求して検討を重ねました。
W:現場でガスボリュームを0.2ずつ上げながら稲垣さんが試飲を繰り返して…という感じでした。
稲垣:ガス圧は繊細なパラメータなので、細かく調整して検討できたのは東洋製罐さんの技術力があったからだと思います。
W:現場で細かくガスボリュームを詰めていくというのは、私にとっても初めての貴重な経験でした。
稲垣:そこで気がついたのは、原酒の濃さによって炭酸の感じ方も違うということでした。アルコール度数が高いほど強い炭酸と渡り合えるな、と。だからアルコール度数もガスボリュームと並んでかなり悩んだポイントです。
W:最終的には度数9%で商品化されましたね。
稲垣:ええ。そこに至るまで、自分でいろいろな度数でハイボールを作りながら試行錯誤しました。9%という数値はハイボール缶としては高いのですが、バーのハイボールも度数が高いので、そこを目指した結果です。
N:味もアルコール度数も従来とは一線を画したものでしたが、パッケージデザインもまた挑戦的なものであったと思います。黒いハイボール缶というのは斬新でした。
稲垣:ハイボールと言えば黄色のイメージが定着していましたからね。クラフト蒸留所として初めて世に出すハイボール缶ですし、価格も大手ハイボール缶の倍近く。いかに手に取ってもらえるか、高級感を感じてもらえるかという点で、パッケージデザインも非常に重要でした。
N:デザインを担当されていたアートディレクターさんとも打合せを重ね、発泡インキでの印刷をご提案しました。ざらざらとした質感を出すことができる手法です。
稲垣:上質さを感じる手触りになりました。この質感もなかなか苦労しました。
N:はい。発泡インキを盛るほど質感は高まりますが、その特性上、インキが剥がれてしまうリスクが出てしまうんです。そのバランスを追求して、最大限まで質感を出すことができたと思っています。それからもうひとつ、缶にデザインされた三郎丸蒸留所の外観画像ですね。これがかなり細かいもので、それを精確に表現するのも課題でした。
稲垣:現場で実際に印刷したものを何度も校正をさせていただきました。小さなクラフト蒸留所が東洋製罐さんという大きな企業と検討を重ねながらひとつのものを作り上げたというのは、私としてもとても大きな経験だったと思います。
稲垣:こうして完成した三郎丸蒸留所のハイボール缶は、発売以来好評を博しています。我々の予想を上回る売れ行きで、一時は販売調整をしなければならない状況にもなりました。やはりスモーキーな本格ハイボールを缶で楽しみたいと潜在的に感じていた方々が多くいらっしゃったということですね。
Y:このハイボール缶が三郎丸蒸留所を知るきっかけになったという方も多いようですね。
稲垣:はい。ハイボール缶で知って蒸留所に見学に来たという方もたくさんいらっしゃって。それはとても嬉しいことですね。
Y:2022年11月からは「三郎丸蒸留所のスモーキーハイボール」としてリニューアルされました。
稲垣:ええ。私が鋳造製蒸留器「ZEMON」を開発して3年が経過し、ZEMONで作ったウイスキー原酒が使えるようになったタイミングで、これまで以上に三郎丸の名を前面に出していくようにしました。私たちが日本初のクラフトハイボール缶、前例のないスモーキーハイボール缶に挑戦した目的は、大手メーカーではない、クラフト蒸留所が作るウイスキーの存在をさらに多くの人に知ってもらうことでした。ハイボール缶なら、たくさんの人に手軽に親しんでもらえますから。
N:当時に比べれば、日本にもクラフト蒸留所がどんどん増えていますね。
稲垣:はい。他の蒸留所からも、それぞれの個性を活かしたハイボール缶が出てきたらおもしろいなあと思っています。そうすれば日本のウイスキー文化はより豊かで奥深いものになっていくだろうと思います。もちろんハイボール缶開発の大変さを私たちは経験したので、そう簡単なことではないこともわかっているのですが、それでも「うちもやりたい」という声があれば、できる限りお手伝いをしたいと考えています。東洋製罐の皆さん、今日はありがとうございました。